日銀金融政策変更の本当の狙いと効果とは?

9月21日の日銀政策決定会合にて日銀は総括検証を公表し、金融政策の枠組みの変更を行った。

 

メディアやエコノミストや金融関係者の評価は、実質はゼロ回答だとか、追加緩和とは言えないだと、総じて今回の日銀の新たな金融政策の枠組みの評価はあまり高くないようだ。

 

しかし、実は今回の日銀の新スキームはデフレ脱却の確度を高め、日本株は上昇トレンドへ向かう可能性が高まったと考えていいだろう。

 

なぜ、そう考えることができるのかを説明しよう。

 

今回の日銀の金融政策の枠組み修正の最大のポイントは「オーバーシュート型コミットメント」だ。

 

聞きなれない単語だが、これはとういうことかというと、

 

従来は「2%の物価安定の目標を安定的に持続するめに必要な時点まで現状の金融緩和政策を続ける」であった。

 

これが、今回の修正で、「物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」というメッセージへ変更された。

 

これが非常に大きな違いであることがわかるだろうか?

 

つまり、これまでだと物価上率が2%に達してなくても、仮に1.7%であっても2%程度とみなされ、金融引き締めに転じるリスクがあったのだが、このリスクを回避する狙いがあるのだ。

 

そして、特に日本ではこの「オーバーシュート型コミットメント」が必要であると黒田日銀が考えている。

 

理由は主に2つある。

 

1つは、日本ではバックワードルッキングな期待形成が強いことだ。バックワードルッキングとは、過去と現在の情報のみを基に予想を形成することである。

 

つまり、日本では物価が上がらないデフレが過去から現在までその期間が長かったことから、将来も過去の延長線上で物事を考える傾向が強く、これからも物価は上がらないといった期待になりやすくなっているということだ。

 

一方で、欧米では物価は中央銀行が実行している政策目標に向かっていくだろうという、先行きを見据えたフォワードルッキングな期待形成が強いのだ。

 

まさに、これは病気と同じで、慢性的な病気(デフレ)はちょっとやっそとの薬では完治しないのである。

 

だから、日本がデフレから完治するには、インフレ経済が過去となるくらい実感するまで量的緩和を続けることを約束する「オーバーシュート型コミットメント」が必要ということだ。

 

また、この日本でこの「オーバーシュート型コミットメント」が必要な2つ目の理由が最も重要だ。

 

拙速な金融引き締めによる過ちは、過去に日本で実際に何度も起こっていることは、黒田日銀総裁も指摘していただろう。

 

この早すぎる金融引き締めへの予防策は、特に日銀の黒歴史を知っている人間ほどその重要性がわかるはずだ。

 

つまり、過去の誤りから学び導き出された、新たな金融政策の枠組みが、この「オーバーシュート型コミットメント」なのだ。

 

日銀の黒歴史を学ぶことは非常に大切なので、少し触れておこう。

 

かつて、2000年8月に日銀は日本経済の見通しが明るいとしてゼロ金利政策を解除した。

 

だが、この時点では、まだ物価は持続的に下落するデフレが続いており、現日銀副総裁の岩田氏や、政府もゼロ金利政策の解除に反対を示していた。

 

これに対し、日銀の見解は、なんと物価の下落を良いデフレとして問題ではないとする立場をとったのだ。

 

物が安くなる事は良い面もあるとする「良いデフレ論」は、この当時は一部メディアや、学者による書籍も出版される程であり、まさに日銀の思惑通りの黒い期待形成がなされていた。

 

しかし、デフレに良いデフレなど存在するはずが無い事は経済学的に常識だ。

 

まさに、経済を理解できない大衆をバカにした、日銀にとての都合の良い理論であった。

 

そして案の定、景気悪化懸念が浮上し、早くも翌2001年2月末には政策金利引き下げに追い込まれ、3月には量的緩和が開始されて再びゼロ金利政策が始まったのだ。

 

全くデタラメな経済見通しを立て、更に経済を悪化させる政策は昔から行われていたのだ。

 

そして、その後、約5年間量的緩和は継続したが、2006年3月9日の日銀金融政策決定会合にて、量的緩和を解除し、更に7月にゼロ金利政策をも解除し利上げを行うといった愚策を実行したのだ。

 

そう、またもや、日銀は日本国民を不幸にする愚策を断行したのだ。

 

この時の日銀の判断根拠は、CPI(消費者物価指数)が前年比上昇率が4か月連続して0%以上になったことであった。

 

たった4か月の改善、それも僅か数%の上昇率で日本経済の生命維持装置を外してしまったのだ。

 

その当時、これに対し経済学者の高橋洋一は、「形式的なインフレ率0.5%では、物価指数の上方バイアスを考えるとマイナス0.1%で量的緩和を解除してしまった」と指摘していた。

 

つまり、旧日銀はデフレが継続している中で、量的緩和を解除し、更に利上げまでもしてしまうといったとんでもない愚策を断行したのだ。

 

それまでは日本経済は確かにデフレ脱却への動きへと向かっていたのだが、それは好調な海外経済を背景とした外需主導の回復であり、内需はまだまだ脆弱であった。

 

案の定、この年に日本株はピークアウトした。

 

当時、旧日銀の愚策に対し、高橋洋一氏のように正しい理論で異議を唱える学者がいる一方で、某外資系エコノミストは「good job!」などと褒めたたえ、旧日銀を援護する著名人はその他にも多く存在した。

 

ちなみに、この某外資系エコノミストは現在でも活躍しており、エコノミストランキングでも上位に位置しているが不思議だ。

 

如何に、この人気ランキングが実力とは全く関係ないか、人間の記憶がいい加減かがわかるだろう。

 

こうした日本経済をどん底に突き落とした旧日銀の片棒を担いだ、偽エリート達が未だに何食わぬ顔で盤石な地位を維持しているのは腑に落ちない・・・

 

こういった輩が権威、著名人の中にうようよいることを理解し、権威者の主張を鵜呑みにせず、自らの頭で考える大切さを再認識することが必要だろう。

 

そして、この旧日銀の利上げの判断の誤りは直ぐに明らかとなった。

 

2006年8月のCPI基準改定により2005年を基準年とすると2006年1月・4月がマイナスであったことが明らかとなり、日銀の金利引き上げは、やはり時期尚早であったことが証明されたのだ。

 

よくもまぁ、これだけデタラメな政策決定を何度も繰り返すものだとある意味感心してしまう。

 

その後も、まだまだ日銀の愚かな政策は続き、日本国民を苦しめ続けることになるのだが、それはこの当時にトンデモ論を主張していた人物が次の日銀総裁となると決まった時点で予測できたことだった。

 

そう、この量的緩和解除に対し、次の日銀総裁となる白川理事(当時)は「ゼロ金利が続くと、金利生活者が困る。損失額は何十兆円にも及ぶ」などと発言していたのだ。

 

この発言からは一ミリたりとも国民目線でないことは明らかだろう。

 

金利生活者とは既に資産を有している高齢世帯、富裕層だ。

 

一方で、中間層以下がキャッシュを得るには、労働を提供するしか手段がないのだから、本来は労働・サービスの価値を上げるデフレ脱却が最優先とならなければならないのだ。

 

まさに、この当時から現実社会が全く見えていらっしゃらなかったようだ。

 

そして、不幸にも、この白川理事(当時)が日銀総裁となってしまったのだ。

 

この白川体制であのサブプライムショック(2007年10月以降)、リーマンショック(2008年9月15日)に立ち向かうこととなるのだが、予想通りその結果は日本をどん底へ突き落すこととなったのだ。

 

2008年の先進国の金融システム危機に対して、日本を除く主要国の中央銀行は、以前日銀が2001年から約5年かけて実施した量的緩和の規模を遥かに上回る規模を1年で積極的に量的緩和を実施した。

 

しかも、米国では長期国債に加えて、住宅ローン担保証券(MBS)のような現金との代替性が更に低い資産も購入対象とし、日本のような日銀の超過準備にブタ積みする間接的ではなく、より実体経済へ即効性のある政策を実施したのだ。

 

一方、日銀はというと、サブプライム問題はあくまで海外要因であり日本は金融システム不安に直面していないとの理由でマネーの量の拡大には最も消極的であった。

 

しかも、米国は早急にこの混乱を収める対応をすることを望むなどと、他国を心配する発言をし、恥の上塗りを行っていた。

 

この結果、どうなったか?

 

なんと、日本の生産やGDPの落ち込み幅は先進国で最大となってしまったのだ。

 

GDP実質成長率を見てみると2008年度(日本▲1.2%、米国+0.4%)、2009年度(日本▲5.2%、米国▲2.4%)、2010年度(日本+1.7%、米国+3.8%)であった。

 

サブプライム問題は、海外の問題だなどと呑気な対応の成れの果てが、震源地の米国、その他の先進国含めても最大の経済の落ち込みを2年連続でさせてしまったのだ。

 

そして、その後も白川日銀は全くデフレ対策の正しい処方箋を実行することはなかった。

 

他国が追加の金融緩和を行うから、日銀も日本だけなぜやらないのだとの批判をかわすために仕方なくショボイ追加緩和を行い、その後の総裁の会見では、追加緩和の効果はあまり期待できないなどと自ら金融緩和の効果を消滅させる行いを繰り返してきた。

 

そして、お決まりのあの旧日銀のフレーズ。

 

「やはり量的金融緩和はデフレに効果はない。日本は人口が減少する構造的要因だから仕方が無い。でも日銀はできることはやってますよー」との自己保身と嘘で固められた旧日銀理論だ。

 

だが、他国の景気改善からも量的金融緩和が効果があることは明白な歴史的事実であるのに、旧日銀は人口が減るのだから日本は特別なんだと主張してきた。

 

そもそも、日本の出生率低下はデフレ経済が長期化したことから、将来不安が高まったことで結婚できない若者や、結婚しても1人しか養えない経済環境となったからなのだ。

 

つまり、人口が減少するからデフレではなく、デフレだから人口減少を加速させてきたの理論が正しいだろう。

 

これまでは、旧日銀や偽学者・エリート金融マンたちは金融政策の本質を全く理解していなかった。

 

金融政策の本質とは、政策を市場参加者に理解させ、そうなると信じ込ませ、その期待に働きかけることで実際に市場参加者に行動させることだ。

 

元FRB議長のバーナンキ氏は、景気回復するまで量的金融緩和を継続すると言っていただろう。

 

また、2011年欧州金融危機の際に、ECBドラギ総裁は「trust me」と発言し、実際に政策を発動する前に市場は正常化へ動き出し危機は急速に収束した。

 

これらは、中央銀行の政策を市場参加者が理解し、中央銀行が目指す経済状態になると信じて期待し、それに沿った行動をしたのだ。

 

まさに、期待に働きかけることで、実際に中央銀行が使う金額以上のマネーを動かし、危機を収束させたのだ。

 

今まさに日本は正念場に差し掛かっている。

 

今回の日銀の金融政策の枠組み変更は日本株しいては日本経済にとって大きな転換点になるだろうが、まだ今回の日銀の金融政策の意味と狙いと効果を市場参加者は消化できていない。

 

しかし、今後、そう遠くない将来、この日銀の金融政策の効果が誰の目からも明らかになってくるだろう。

 

今回はちょっと日銀の黒歴史の話が長くなってしまった。

 

次回、今回の日銀の新たな金融政策の枠組みについて、違った角度から検証します。

 

ほな、またね!

 

 

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